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ピーター藤・和子

2016年3月15日火曜日

数ヶ月前ある著名な牧師にアポをとって遠距離を時間かけてお会いした▼その方はよほど私共の来訪が気に入らなかったのか、気分が悪かったのか、終始これ以上ない不機嫌で無愛想な表情をされていた▼今まで数知れない程の牧師にお会いしたがそのような方は初めてであり、その方の人柄を疑いながら去った▼暫くその事柄を思い出しながら、神は何を教えようとされているのかを求め続けた▼すると、かの牧師はこの上なく素直で正直に自分の感情に従って対応したのだということが示された。普通はどんなに苦境でも気分が悪くてもそれを神に委ねて表面は笑顔で気持ちよく対応してくださるのが牧師である。しかし、自分が忙しく、余裕もなく、気分も悪い時に訪問を受けたら表面上だけ取り繕って笑顔で気持ちよさげに対応してなかっただろうかと自問した▼それを、主は偽善者と責められたのだ。私たちの主は、ご自身を裏切り奴隷の値で敵に売り渡すイスカリオテのユダにさえも足を洗われ真心から愛され悔い改めを期待されて接しられた▼私も魂の全てに於いて、真心からどんな人にも主の愛を持って、主の見られるように、主が感じられるように、主が語られるように接する者であらねばならないと強く教えられて、この上ない感謝となった。

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