ブログ表紙

ブログ表紙
ピーター藤・和子

2016年3月14日月曜日

今求められている教会の姿

今求められる日本の教会の姿

    超高齢化社会が進む日本で様々な職分野に於いて外国人の方々にますます来て頂かなくてはならない状況だ。平成26年末現在、中長期在留者数は212万人である。その国籍と地域の数は193に上る。その上位10カ国は、中国、韓国・朝鮮、フィリピン、ブラジル、ベトナム、米国、ペルー、タイ、ネパール、台湾である。
   
    実際に働かれている外国人労働者は日本での生活に様々な問題を抱え、そのようなことからクリスチャンになる人も少なからずいる。ところが、日本の教会では英語くらいは通訳があるところがあるが他の言語での礼拝をしている教会はまれである。あるのは、ブラジルや韓国やインドネシアといった国から教職者が来て、その国の言葉で礼拝をささげている。しかし、日本で生きているのであるから様々な生活における問題の手助けは十分ではないと思われる。

   聖書によれば、教会は全ての国民の祈りの家でなければならず(マルコ11:17)、また、すべての国民を弟子としてたてあげなければならない場所である(マタイ28:19)。そうすれば主の大宣教命令の「全世界に出て行って、すべてのつくられた者に福音を宣べ伝え(マルコ16:15)」ることは自ずと果たされていくというものである。何となれば全世界から日本にすべてと言っていいほどの国民が来ているからである。

    今、日本の教会への大きな挑戦はこの機会を捕まえ、多言語の働き人を備え、多種の国民がそれぞれの国の言葉で、共に祈り、共に礼拝し、共に宣教し、共に愛し合い仕えあっていく教会を建てあげることである。そのような教会が日本中に建てられてくるように祈ろうではないか。

0 件のコメント:

コメントを投稿