ブログ表紙

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ピーター藤・和子

2016年3月15日火曜日

音と息と霊と命

私はサックスを吹く。ルイ・アームストロングはあの枯れた声で人々の魂を揺るがせた。歌手の森進一も青江三奈も枯れた声でファンを魅了している▼声は息と声に分かれるが息のない声はない。音声の残像は息である。サックスの音も同じである。息が出て音に、音が消えて息になる。息は音の一部である。▼吹奏楽を極めようと研鑽を積む人は楽器の音にこだわる。自分の納得する音、聴衆を感動させる音、シビレさせる音、泣かせる音を出そうと日夜努力する▼ところで聖書では息と霊は同じ語源で「るーあっは」という。創造主が土から作られた人の肉体に魂(心)が据えられ、それに命の息を吹き入れられると人は生ける存在になったと創世記(2章7節)に記されている。息はその人の命そのものであり、その人の存在の最も重要な根幹である▼神の霊は感動や命の躍動や希望や愛を人にもたらす。人が神の命と霊に満たされて歌いあるいは演奏すると神の息がその息や歌や楽器の音色を通して聴衆に向かい流れていく。人々は生きる力を受け、愛を感じ、至高の安らぎと満足に浸るのである。あなたも私も神の楽器である。

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