ブログ表紙

ブログ表紙
ピーター藤・和子

2016年3月15日火曜日

モーセの幕屋の聖所にある金の燭台に学ぶ教会政治

    教会の政治ないし統治は聖霊なる神の手に委ねられている。幹から六つの枝が出ているが、キリストが頭であり私たちが枝であることを示す。頭なるキリストの権限を執行されるのは聖霊の働きだ。7つの燭台は7つの霊を表す。ロマ12章6-8節は教会の務めの代表的なリストが各教会に必要なものであることを思い浮かばせている。神の現実の統治は、地域教会で召命を受け心を込めて聖霊なる神の支配に服従する教役者を通して、私たちが見ることができるようになされる。

1 : 燭台の寸法は定められておらず、1タラント(34.2kg)の重量でつくられた。地域教会がいかに神の偉大さを受け入れるに応じてその大きさが決まる。

2: 燭台は60の部品から成る(出エジプト25:31-40)。台座(1個)、支柱と枝(7個)、萼(22個)、節(9個)、花弁(9個)、灯火皿(7個)、火皿(1個)、芯切鋏(1個)、芯取り皿(1個)、油の器(1個)、油(1個)だ。聖書で60は神の義を表し、クリスチャン生活を支えるものだ。幕屋の外庭は60の支柱で支えられていた。パウロは書簡の中で義という言葉を60回使っている(ストロング1934年版)。60は5に12を乗じて導き出されるが5は幕屋を覆う幕の組み合わせ数(出エジプト26:3)で12は統治を表す。

3: 燭台はアーモンドの花の形が付けられていた。アーモンドは冬に咲く開花の先駆けの花だ。アーモンドは見張ることを意味し、その22個の萼は充填を意味する。聖霊なる神が私たちを満たしたいと望まれることが22あることを示す(エペソ5:18-20)。

4: 節が9つあるがそれは聖霊の9つの賜物を表す(第一コリント12:8-10、1:7)。節は上にある飾りを支えるもので魂の中に神の王国を立てあげるものだ(ロマ1:11、7)。

5 : 9つの花弁はキリストの香りを表し、9つの御霊の実とその重要性を示す(ガラテヤ5:22、23、6:2)。

6: 燭台は多くの部分から成るも一つの金の塊から作られた。教役者が自分の為の王国を立てあげると、教会統治の神の定め破ることになり霊の一致を壊す。教役者の務めは教役者自身のものでなくキリストのものであり、教役者はキリストにあって全体でひとつなのだ。

7: 純金が打ち叩かれて作られた。そこには、他の器具のような木と言った人的要素は存在しない。教会で神の統治もたらすために聖霊なる神に用いられるためには教役者は自分自身に死ななければならないことを意味する。

8: 燭台は夜間だけ灯されていた(出エジプト27:20,21、30:7.8)。祭司たちは継続的に新しい油を必要とした。パウロはクリスチャンが主にある灯火であると言った後で聖霊に満たされなさいと勧めている(エペソ5:18)。

9: 燭台は芯を整えるために芯切り鋏と芯取り皿が備えられていた(出エジプト37:23)。これは、私たちの涙が神の前に覚えられ、私たちの務めの真価が試される時も神はその涙を保つのも忠実であられることを示唆している(詩篇56:8)。芯の整えは教会の訓練の重要性を示す。

10: 純金の鋏があった(出エジプト25:38)。燭台の燈心が整えられ、燃え尽きた芯が切られ地に落ちるときは、肉体の手でそれを拾うことはなかった。教役者が神の愛を表す純金の鋏以外で神の子どもたちに訓練や試験を行うと神の定めを壊すことになる。

11: 油を入れる器があった(民数記4:9)。祈りの集いや賛美は神の容器から引き出された聖霊の油を蓄えておくことである。油の蓄えがなければ燭台の輝きはすぐに無くなってしまう。

12 : イスラエルの約束の地への旅では、燭台や器具は担ぎ台の上に置いて青い布とじゅごんの皮で覆われコハテ族の肩に担われ運ばれた(民数記4:10)。この世は外側のじゅごんの皮だけを見ることになるが、その中には聖なる尊いものがあったのだ。真の教会は多くの場合外向きの美しさを欠いているものである(第二コリント4:7イザヤ53:2)。

0 件のコメント:

コメントを投稿