ブログ表紙

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ピーター藤・和子

2015年4月2日木曜日

恵みの雨原稿4月号

「恵みの雨」4月号3月10日発行。1/31(金)原稿締き

「命のために働くーいたんだ葦を折ることなく」
新しい命を主から与えられた存在として、クリスチャンが世に
出ていく時、特別なはたらきが与えられます。今している働き
について、なぜそのはたらきが与えられたのか、また命に関わ
っていくはたらきをとおして教えられていること等を分かち合
ってほしいです。ですます調。4000字。起承転結にわける
。それぞれに小見出しを付ける。「彼は痛んだ葦を折ることも
なく、くすぶる灯芯を消すこともない」(マタイ12:20)
クリスチャンの霊的成長のため、超教派の信仰誌。読者が「恵
みの雨」を通して生きた神の言葉を受け取り、信仰を生活の中
で具体的に活かしていくことを考えて誌面つくりをしています
。金子麻美様担当。
起 例話 あすかの嘘と万引きによる和子の起 いと小さき者
への働き
 お菓子を一日中食べ続ける子、毎晩おねしょする中学生など
。私達が伝道・牧会をしながら数日から数年の関わりで家庭に
迎えた子らです。養護施設にいたそれらの子はいずれも愛に餓
え乾いていました。異なった表現でそれを表し無意識のうちに
自分を受け入れてくれと主張するのです。
 特にA子は大変でした。勉強はできず、宿題をこなすのに夫
婦かかりで五時間近く教えた事が多くありました。それだけで
なく、彼女のどの言葉を信じたらよいのか分からなくなる程嘘
をつき、また万引きを続けるのでした。疲労困憊してゆく妻を
見ながら何回も「主よ、あなたの愛をもっとください。私たち
はこの子を愛する事ができません」と泣きながら祈りました。
なんとか良い子になってほしいとお尻も叩きました。叩く方も
叩かれる方も泣きながらでした。そんな彼女が我が家を離れる
時「別れたくない」と言って大泣きしたのです。後日、次の里
親とうまくやっていけず覚醒剤に手を出したり、オートバイ窃
盗に手を貸したりして、教護院に入りました。ところが「私が
悪い事をしたのだから当然」と彼女の心は素直になっていき、
今は温泉旅館でまじめに働いています。「私の親は藤さんしか
いない」と休みの日には土産を持って我が家に来ています。
 一九九五年には「宣教」と「身寄りのない者に家庭を与え
る」ことを使命として”ミッション・あどない・いるえ”を創
設しました。フィリピン・ミンダナオでは一ヘクタールの土地
を得て聖書学校を開設し二五名を超える卒業生を送りだし、教
会も十八になりました。文盲の人が多くいる山岳の村にも聖書
学校の分校ができました。九七年七月からは「あどない・いる
え・チルドレン・ホーム」の運営を始め現在四十名をお世話し
ています。あの山岳の村からも孤児達を受け入れました。貧し
い三十八の家庭から三十八名の子らを学校に送る足長おじさん
の働きもしています。
 クリスチャンも人ですからもっと愛されたいと願うのが自然
です。しかし受ける事を求めるばかりではなく、キリストから
受けた愛を少しでも与えていくことによって魂は満足できるの
です。自立していった里子が教会にいっており、その教会で奉
仕をさせていただき、
1本の缶ジュース代が一人の孤児の1回の食事代に、あなたの
1回分のディナー代(二千円)でフィリピンの貧しい家庭から
1ケ月1人の子を学校に送ることができるのです。「あなたが
たが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちの
ひとりにしたのは、わたしにしたのです」(マタイ二五章四節
)。

承 あわれみの業についての神の定め
 聖書はあわれみの業について多くを述べています。
 「みなしごや、やもめのためにさばきを行い、在留異国人を
愛してこれに食物と着物を与えられる」(申命記10:18)、「
在留異国人や、みなしごの権利を侵してはならない。やもめの
着物を質に取ってはならない」(申命記24:17)、「在留
異国人、みなしご、やもめの権利を侵す者はのろわれる」(申
命記27:19)、「<主は>みなしごと、しいたげられた者をか
ばってくださる」(詩編10:18)、「みなしごの父、やも
めのさばき人は聖なる住まいにおられる神」(詩編68:5)
、「主は在留異国人を守り、みなしごとやもめをささえられる
」(詩編146:9)、「みなしごのために正しい裁きをなし
、やもめのために弁護せよ」(イザヤ1:7),「やもめ、みなし
ご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな」(ゼカリヤ7:10),
「在留異国人、みなしご、やもめを苦しめたり、いじめたりし
てはならない」(エレミヤ22:3)、「みなしごに食べ<させよ
>」(ヨブ31:17),「あなたがたのうちの在留異国人、みなし
ご、やもめとともに主の前で喜びなさい」(申命記16:11,14)
、「もめを素手で去らせたりみなしごの腕を折ってなならない
」(ヨブ2:9),「みなしごのろばを連れ去り、やもめの牛を質
に取<ってはならない。>」(ヨブ24:3),「みなしごの畑に
入り込んではならない」(箴言23:10)とあります。「父なる
神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困
っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることで
す」(ヤコブ1:27)として聖潔であるべきことと並列に求めら
れています。
 やもめや孤児のような人々に対する働きをあわれみの業(Mercy
Ministry
)といいます。キリストのいのちと愛の中に生きていくクリス
チャンはキリストの似姿にへと成長していく存在だからあわれ
み深くあるよう求められています。疑似の親子の関係を持って
いく里親という立場は自分の子でない者を約束によって自分の
子として関係を持っていくものです。里親は大きく分けて自分
に子がいないため気に入った子がいたら養子にするという目的
で里親になる方のことをいいます。これに対して養育里親は児
童相談所から示された子を条件を付けずに家庭に受け入れ裏切
られてその関係を破棄することができてもその者を受け入れ、
赦し、信じ、期待し
庭に恵まれない子」となります。ひどい場合はトイレで産み落
とされたり、コインロッカーの中から見つかったり、乳児院の
玄関に置かれていたりする嬰児です。
 元厚生省の統計によると日本には四万三千人の家庭に恵まれ
ない子供がいます。乳児院や養護施設、そして里親の家庭で世
話を受けている、親と共に生活できない子供の数です。また、
数知れない中絶・堕胎が行われ、国の将来を担うべき子供の数
は毎年減少しています。今や毎二分間に一組の夫婦が離婚をし
てその犠牲となる子供の数は増えています。加えて、親に暴力
を振るう児童、十万人もいる高校中退児、自立できない子供な
ど児童相談所が扱う子供の事案件数は年を追う毎に増えている
のです。「シオンの娘の城壁よ。昼も夜も、川のように涙を流
せ。 ぼんやりしてはならない。目を閉じてはならない。夜の
間、夜の見張りが立つころから、立って大声で叫び、あなたの
心を水のように、主の前に注ぎ出せ。主に向かって手を差し上
げ、あなたの幼子たちのために祈れ。彼らは、あらゆる街頭で
、飢えのために弱り果てている」(哀歌二章十八、十九節)。
 
て働きは実にキリストの愛でなければできないものです。

ミッションあどない・いるえ
代表 伝道者 ピーター 藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
http://missionjehovehjireh.blogspot.jp
https://twitter.com/MJJ_PeterFuji

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