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ピーター藤・和子

2014年5月18日日曜日

霊の父ロバート・ユーイン


霊の父ロバート・ユーイン

あ:ロバートの経歴

 ロバートユーインは1924年2月4日にテキサス州ウエィコでグレン・ユーインの息子として生まれました。彼は5歳で信仰告白し、8歳で聖霊に満たされました。どもりであった彼は幼児期から青年期までのいたる時期に卑しめられる体験をしましたが、1946年22歳の時に瞬時に癒され、神の務めに召されたのです。

 多年に渡る地方教会での奉仕の後、神はロバートを使徒職の務めに召されました。彼は世界中に多くの新しい働きを起こしました。その中にはベルリンの壁崩壊前の共産圏諸国での働きが含まれています。彼は世界を駆け巡りイエス・キリストの僕として奉仕を続けたのです。グレンユーインと彼の息子ロバートは"テキサスグレイスカウンセラー"という新聞を発刊し、その中で教会に対する神の神聖な定めについての教えを連載しました。ロバートは1966年には、"キャンパスフェローシップ"という学生を献身に導くための雑誌の刊行を始めました。ゴスペルソング「大いなる主」の作曲者でもあります。彼の宣教活動は目覚ましく、共産圏にも根を張っていました。かつてのルーマニアの300以上の 地下教会が彼のミッションの流れの中にあり、ブルガリアの5000人と言われる地下の福音的クリスチャンの殆どが彼のミッションの影響下にありました。旧ソ連、ハンガリー、東ドイツにも宣教の扉を開いたのです。共産圏以外では、スイス、オーストリア、イスラエルに独自の宣教を行い、教会形成の働きをして来た。アフリカのケニアではマウマウ族の長老でもありました。村長を始め6家族を救いに導き白人で始めての地位に就きました。中南米ではグアテマラ最大の教会、メキシコ最大の教会を指導しました。

 ロバートの伝道方法は、その時その場で主が示された方法を行うというもので、常に不思議なしるしと奇跡が伴っています。また、伝道し弟子化していくのみに留まらず、地方教会の形成を指導し、なおかつその成長を監督していくというものです。

 ニューヨークのツインタワーが攻撃された翌日の2001年9月12日、ロバートは主の臨在の中に召されたのです。

い:著者とロバートの関わり

 私の教会にもロバートは何回も来てくれました。その謙虚な仕える姿こそ真の使徒職と確信したのです。彼が主にあって分かち合ってくれた教えは深く多いのですが少しずつ自分のものとし、更に神の子供たちに分けていきたいものです。彼の生き方と共に。

 彼は一度も自分は使徒だと言ったことはありません。最初、私が彼の家に行くと多くの聖書学校の学生が集まっていました。ロバートは彼らに食事を与え聖書を分かち合っていました。それから初めて会って何も知らないはずの私に神の恵みをその学生達に分かち合ってくれと言うのです。私は当時本当にBaby Englishで自分でも何を言っているか判らなくなってしまうような状態でしたが彼は私に任せて自室に行ってしまいました。駆け出しの牧師であった私を立て上げる事をその時からして貰った事を忘れる事ができません。

  彼が我が家に何度も泊まってくれました。五月のまだ肌寒い朝、私達がボイラーのスイッチを入れ忘れていたところ彼は水のシャワーを使いました。そして、私達を一切責める事をせず愚痴も言わず、気持ちよいシャワーでしたと言うのです。ここに彼の使徒としての偉大さを見たのです。食事の間、聖書の質問をしない限り彼は普通にミルクとピーナッツバターの大好きなテキサスのおじさんです。ところが、一言でも聖書の質問を誰かがするや否や、彼はナイフとフォークを使うのを止め瞬時に聖書の世界に入りとうとうと立て板に水のように語り始めそれが1時間でも2時間でも終わりません。私の神学校の友人達と千葉での集会に行く車の中での事です。走り出してすぐ友人の一人がロバートに質問しました。する とその答えが3時間も続き到着するまで聖書の真理を語り続けたのです。

 メキシコの彼の弟子の教会には礼拝の後、奇跡の賜物を持っている長老、癒しの賜物を持っている長老等が前に立ち人々は必要と願いに応じてその長老の所に行ってミニストリーを受けていました。その教会では今までに7人の人が生き返りその内の一人に私も会いました。 1940年代のウエイコ・リバイバルの時にはそこから宣教旅行に出かけて行こうとする人の車にガソリンがなかったのですが、ロバートがその働き人の為に祝福を祈るとガソリンタンクからボコボコという音がしてその働き人が給油口を開けるとガソリンが満タンになっていたのでした。それはほんの小さな奇跡だったそうです。今まで自分は使徒という教職者に何人も合いましたが、預言を語ったり、大きな教会の牧師であったりはしたでしょうが、ロバートのようにキリストの品性を備え、使徒の教えを持ち、印と不思議が伴うミニストリーを行っている神の人を見た事がありません。
  
 う:ハワード・キャッツ牧師によるロバートの紹介
 
 スイスの神学校で教鞭を取っているカナダ・トロントのハワード・キャッツ牧師は次のようにロバート・ユーイン師を紹介しています。

 "たといあなたがたに、キリストにある養育係が一万人あろうとも、父は多くあるはずがありません"(第一コリント4:15)。ロバート・ユーインは私にとって教師以上の存在でした。彼を用いて主は内なる生活を研ぎすまされました。

 私はロバートに出会う前に17年間キリスト信者として生きていました。私は主に使えたいと願っていました。一方私はしっかり律法主義に根付いていて、その結果、最初ロバートに会った時に非常な用心深さをもたらしました(恵みと律法主義は油と水のようなものです)。だか、ロバートは私の中で霊的戦いが始まっている事を認めました。ロバートは次に会った時までのまる一年間継続して私の為に祈ってくれました。その事によって、かつて主がロバートに教えられた事柄を聴く備えを私の心に成し遂げてくださいました。数時間ロバートは律法主義について聖書を通して詳しく説明してくれました。私は神の恵みにより、私の心に照らし出された多年に渡って築き上げてきた律法主義をその偉大な掲示 によって、注意深く粉々に粉砕できました。そして、最初の聖書研究は発展して一日に十時間が六日間に及びました。その6日の間中、最初から最後まで、神の臨在を非常に強く感じました。私が以前は実に決して理解できなかった神の言葉を通してです。私は例の6日間綿密にノートを取ったのですが、ロバートユーインは決して自分のノートを参照する必要はなく聖書から直接教えてくれました。それが私とロバートユーインとの関係の始まりでした。それからの八年間以上、私が彼をテキサスに訪問したり、彼が私をカナダに訪ねてくれたり、ロバートの何度かのヨーロッパ旅行に随伴したりしながら私のキリストにある歩みは一段と深くなっていきました。

 私にとって大きな衝撃だったのは、彼の教えがその一貫した主への献身全ての中で観察されていたことである。私は今までそれ程までにもキリストに完全な献身的な人物に会った事がありません。神はロバートを用いて私の魂を育成しまた導かれました。彼は実に使徒的な油注ぎと霊の父になる方法を持っていたのです。

え:ロバートとその使徒職チーム

 マルコーシュパブリケーションから出版されているピーター・ワグナー著「使徒的教会の到来」の73項にロバート・ユーインを中心としたグレイス長老会の記事が載っています。しかし、日本でかつてはロバートのカバーを受けていた教会で、その後その教会の牧師が自分を使徒と認めよと欲求し離れて行った特定のカルト的教会あるいは教団があります。このグループは日本中で問題を起こして非難されています。その教会グループが使徒的教会制を採っている事で使徒的教会自体が疑問視され、健全な使徒的教会つまりロバートの後継の使徒たちによるカバーリングを受けている教会が歪曲されてみられている現実があります。

 加えて、かつてはロバートの元で教えを受けて来た牧師でロバート亡き後の後継の使徒職リームを否定し、他の使徒のカバーを求めている方がいるのです。彼は自らの教会グループを形成しながらもロバートの教えを教えているので非常に混乱が日本に起きています。このようなサタンのもたらす混乱と惑わしの時代にあって、今一度ウエイコリバイバルでロバートが主にあって与えられた教えと真理を再度深く見直すべき時だと思う次第です。

 ロバートの教えは非常に多くまだ日本語に翻訳されていないものもあります。ロバート亡き後、彼の後継チームはロバート・ユーイン師の教えを日本のクリスチャンと教会リーダー、教職者の方々に紹介する権限を私ピーター藤正信に与えました。翻訳をしながらではありますが徐々に皆様にご紹介して参ります。


ミッション・あどない・いるえ
代表伝道者 ピーター藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
ブログ http://missionjehovehjireh.blogspot.com/
Titter : http://twitter.com/#!/MJJ_PeterFuji

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