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ピーター藤・和子

2013年12月2日月曜日

父、藤明美(はるみ)の生涯

命名
 大正9年7月中旬、巡査の安井哲太郎は警邏中落下する彗星を見た。破片が空中で様々な光で間近に明るく輝く圧倒された光景に、彼は思わず跪きサーベルと帽子を投げ出して訳も判らず礼拝したのだった。その日誕生した父に、自分が見た明るく美しい凄まじい光景から明美(はるみ)と命名したのだ。その祖父も父の伝道によりキリスト信者になり洗礼を受け教会の墓地に眠っている。

兄弟
 父の兄は修験僧の出で立ちで一枚刃の下駄で山を歩き回ったりした宗教的な兄弟もいる。その影響か、父も若い頃は金剛山の絶壁途中の洞穴に奉ってある尊い仏像を見るため山上からロープで体を結わえ付けられその仏像を見に行ったそうである。しかし、高所恐怖症の父はまだ充分仏像を見ていないのに怖くなり「もう見たで上げてくれ」と頼んだそうだ。ロープを吊り下げていた人々は「もっとよく見よ」となかなか吊り上げてくれなかったと言う事でその話は数回話してくれた。

家族
 母とはお見合い結婚だったが日蓮宗の法華経研究にのめり込んだ父は、大阪の仏閣に住み込ませてもらいながら大工の仕事をしたり法華経を学んだりしていた。その頃、私・長男の正信と妹が生まれた。住職は子がなかったので私を跡取りに望み父も了解していた。母は墓守、本堂の掃除、庭の手入れ等して寺に仕えていた。父が法華経研究の結果見つけたのは大日如来が天と地を造ったという事だったが、詳しくは判らず行き詰まったようである。そんな時、聖書を貸してくれた人がいてその最初の項の「初めに神天地を創り給えり」の言葉に自分の求めていた神様はここにおらはるでと直感し教会に行きキリストを信じ洗礼を受けたのだ。私は五歳になってて子坊主の着物を着せられ読経する上人の横で太鼓を叩いていた記憶がある。父は家族を引き連れて寺を出て教会の世話で三重県鈴鹿市に移り住んだのであった。

教会生活
 日曜日は家族全員が二つずつ弁当を持って教会で過ごすようになった。午前の礼拝、子供の日曜学校、午後は四日市駅前での路傍伝道、夕方は教会案内の町内行進とその後の伝道集会があった。往復は加佐登駅から富田浜まで蒸気機関車を使い自宅から駅まではどんな天候でも歩いて通った。教会の関係で岐阜県は養老の滝の近くの美濃高田に移ってからは大垣の教会に、再度四日市は追分の教会に移ってからは富田浜の教会に通うのであった。母も長男の私も妹も弟も洗礼を受けたが、弟を交通事故で亡くした事がきっかけで両親はその教会を離れた。
 
聖書と父
 教会は変わっても信仰は失う事はなかった父は毎日聖書を通読し、ヨハネ伝を全部暗唱し、祈る生活を続けた。当初は昔からの文語訳聖書をつかっていたたが後半は新改訳聖書を使うようになった。仕事を辞め自分の自由になる時間が多くなると毎朝1時間はオルガンを左右の指一本ずつ弾きながら讃美歌を歌うようになり、聖書短歌も作るようになった。多いときは一日に何十も作り私にも送って来た。亡くなって家の整理をしに行きでようとする所に元気な最後の頃作ったと思われる短歌が作業道具の側に置いてあった。最後の歌である。

 神さまを 全ての人が親愛し 全く従い奉るべし

 いと清き み神の助け願いつつ 必死になりて従いまつらん

 弱き我 強くなるよう神さまに 必死になりて祈り続けん


晩年
 社会でも職場でも人付き合いが下手で上手く生きれなかった父に亡き母も苦労した。その父も晩年は何でも感謝できるようになり、教会でも多くの人に慕われるようになった。家族も随分経済的に苦労したが年金をもらえるようになってその苦労はしなくて済むようになった。教会の奉仕者によく贈り物を携えて行き与える事の幸いを味わった。具合が悪くなってからはその方々が毎日のように汚ない自室にも病室にも見舞いに来てくれた。多くの教会の仲間に見送られて天国に旅立った。
 長男の私・正信が会葬御礼の為に綴った文章を最後に紹介する。

 「おまえ、らっきょう食っとるか。こんなうまいものあらへんわ。これ食っとったら風邪引かへんぞ」自分が好きなものは人にも奨めた父でした。いちじくも好きで母が大切に育てた花や植木をいちじく畑に替えてしまったくらいです。
  日蓮宗の法華経を研究し天と地を作った仏について知りたがったがよくわからなかった時、聖書を読み「初めに神天地を創りたまへり」の創世記1章1節を読み教会に行きキリスト信者になりました。
 若い頃から職場や社会では上手く生きられない人でしたが、信仰は誰よりも純粋でヨハネ伝を全部覚え、字が震えるようになるまで聖書の川柳を書き続けていました。自分の時間ができてからは毎朝1時間はオルガンを弾きながら讃美歌を歌っていました。今は、死もなく、涙も悲しみも痛みも、叫びもない慰めの場所で、母マサ子や弟と一緒に
永遠の安息を味わっていることでしょう。
  本日はこの父のこの地上でのお別れの席に御参席くださり誠にありがとうございました。
 

                         喪主       藤 正信

ミッション・あどない・いるえ
代表伝道者 ピーター藤 正信
MissionJehovahJireh@yahoo.co.jp
ブログ http://missionjehovehjireh.blogspot.com/
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