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ピーター藤・和子

2011年10月27日木曜日

幕屋の真理その6 (聖所の金の香の壇)

 モーセの幕屋の聖所を入ると至聖所の手前に金の香の壇がある。それは礼拝の為の神の定めを教えている。香の壇はアカシヤ材に純金を被せて作られている。そこで青銅の祭壇から持ってきた炭火に香が焚かれ香りが立ち上った。香の壇はキリスト御自身であり、私達の礼拝の土台である。礼拝におけるキリスト中心性を表す。霊と真による礼拝が求められる。
 
 聖所の金の香の壇は人の魂の感情を表す。祭司は金の燭台を朝整え夕から朝までともすがその時つまり朝と夕に香をたいた。我々も感情が整えられてから礼拝しなければならない。立法主義や任意な感情だけとか誤った熱意から生じる礼拝、感動だけとかの礼拝は受け入れられない。感情も御霊に支配されよう。


 聖所の金の香の壇に炊かれる香は神により定められていて、異なる香の火を献げてはならなかった。アロンの子ナダブとアビフは異なる香を炊き神に打たれた。「あなたが築く、あなたの神、主の祭壇のそばに、どんな木のアシェラ像をも立ててはならない。あなたは、あなたの神、主の憎む石の柱を立ててはならない」(申明記16:21、22)。これは神の民に対する戒めである。神の民がアシュラ像を建てる可能性や恐れがあったからである。今日のキリスト教会にもこの誘惑はある。今日のキリスト教会も有名人や芸能人を招き人集めすることは異なる香を焚くことである。ただ純粋にキリストへの礼拝を主は求めおられる。

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